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大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)818号 判決 1956年10月09日

控訴人 宮川艶 外一名

被控訴人 大谷重工業株式会社

主文

原判決を左のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人宮川艶に対し金十八万八千七百二十八円、控訴人宮川実枝に対し金十五万円、を右各金員に対する昭和二十九年七月七日以降完済に至るまで、年五分の金員を附加して支払うべし。

控訴人等その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は、控訴人宮川艶において金六万円、控訴人宮川実枝において金五万円の担保を供するときは、それぞれ勝訴部分に限り、かりにこれを執行することができる。

事  実<省略>

理由

訴外源司富士太郎が、被控訴会社に荷馬車運搬工として雇はれ、同会社尼崎工場で荷馬車による運搬業務に従事していたものであること、ならびに昭和二十八年六月二十六日源司が、右荷馬車による運搬中、控訴人両名の三女清子(当時七歳)をひき、同女を死亡せしめたことは、当事者間に争がない。

しかして、成立に争のない甲第一ないし第六号証及び原審並当審証人源司富士太郎の証言を綜合すると、源司は、尼崎市東大島戸井に存する被控訴会社の社宅(約四十戸)に居住していた同会社社員からの依頼によつて、社宅附近の道路にくぼみができて、水溜りになるのを補修するため、雨あかりの右二十六日の午後零時五十分頃右工場内より被控訴会社所有の荷馬車に同会社の廃砂(電気又は鋳物に使用したもの)約二屯位を積載して社宅に向い、自己は荷馬車の右前部でこれを操縦しながら、東大島東之口二七六番地先の丁字路を右折し、約十四、五米東進したとき、荷馬車の左側に追随していた清子が転倒したのに気付かず、左後部車輪で同女をひき、そのため同女が頭蓋骨骨折で即死するに至つたことが認められる。

よつて源司の過失の有無について按ずるに、前記証拠によれば、源司が右丁字路にさしかかる前から、附近大庄小学校より帰宅途上の学童数名が荷馬車に追随し、荷台につかまつたり、ぶらさがつたりし、とくに右学童中には源司と同じ社宅に住み源司を知りなれているものもあつたため、乗せてくれと言つたりして、源司の「危い」という制止をきき入れずに追随を続けて来たこと、さらに当日は雨あかりで道路には水溜りがあり、とくに丁字路を右折したところは、荷馬車の通行に窮屈な位道路が狭くなつているため、幼年の学童が荷馬車に追随接触していると、その動揺等のはずみに転倒または押し倒される危険性の大であつたことが窺われるのであるから、右の如き状況の下において荷馬車を進めるにあたつては、右学童の挙動に万全の注意を払い、その追随を手厳しく制止し学童を完全に荷馬車から退避せしめた上で進行する等、事故を未然に防止すべき注意義務あるにかかわらず、これを怠つたため、右学童の一人たる幼年の清子(小学校一年生)が荷馬車に追随左後部車輪の前に転倒したのに気付かずそのまま荷馬車を進めたため、右事故を惹起するに至つたものであつて、清子の死亡は源司の荷馬車操縦上の過失に基くものであることは明らかである。

ところで、控訴人両名は、右事故は、被控訴会社の事業の執行につき生じたものであると主張するのに対し、被控訴人は、源司の右廃砂の運搬は、被控訴会社の禁止に違背してなされたものであつて、被控訴会社の事業の執行にあたらないと主張するので、この点を判断する。

前記甲第二号証(源司の警察における第一回供述調書)によると、源司は、警察の業務上過失致死事件における第一回取調べに対し、右廃砂の搬出が、被控訴会社の指令によるものであるかの如く供述しているし、他方当審証人藤田正雄、同藤原輝夫の各証言、控訴人宮川艶本人の供述によると、被控訴会社の東大島の社宅の修理はもちろん、その附近道路、橋梁等の補修も、社宅居住者のため従来から被控訴会社が自己の負担でこれを実行し、源司その他の運搬工が会社の指示で、右に必要な土砂その他の資材を会社工場内より搬出して修理補修に使用したことは一再ならずあつて、本件事故発生の一、二日前にも、源司が会社工場内より廃砂を搬出し、右社宅附近道路の地盛りをした事実もあつたし、また廃砂は常に会社工場敷地の埋立用に使用されていること、さらに会社工場と右社宅間の往復には一時間以上を要するし、会社通用門には守衛が監守し、廃砂のような大量のものの社外掛出しは直ちに守衛の目に触れて咎められるおそれがあり、昼食後の休憩時間中(四十五分間)であつても職場を離れ会社に無断で秘かにこれを搬出することは、困難な状況にあることが窺われるのであつて、これらの証拠よりすれば、右搬出については少くとも被控訴会社の明示または黙示の承諾があつたものと認めるのが相当である。もつともこの点について、原審証人畠山広、同小寺宗一、同伊井秀夫、原審並当審証人源司富士太郎、同内川静雄は、いずれも源司より事故発生の一週間前、会社の廃砂を社宅前道路の補修に使用したいとの申出があつたのに対し、会社勤労課長たる内川静雄が、社宅の修理は、社宅居住者が負担する建前であるとの理由でこれを拒否したかのように供述し、また甲第三号証(源司の警察における第二回供述調書)、乙第一号証の四(源司の被控訴会社に対する始末書)、同号証の五(源司の被控訴会社に対する状況報告書)にも、本件廃砂の搬出が会社に無断でなされたものであるかのような記載があるか、これらの証言及び書証の供述記載は、前記証拠に照してたやすく信用し難い。さらに乙第一号証の二、三、六によると、本件事故につき被控訴会社において源司を減給の懲戒処分に付し、その理由の一つに本件廃砂の無断持出しが挙げられているようであるが、懲戒理由は、これだけではなく、事故発生により会社従業員としての体面を汚したこと(源司が業務上過失致死罪で罰金一万円に処せられたことは、前記甲第六号証によつて明らかである。)、会社に有形、無形の損失を与えたこと等も懲戒理由とせられており、しかも懲戒処分は、事故発生後一年余を経過した本訴提起の直後になされていることも亦同号証によつて認められるのであつて、かような事情に、右の反対証拠を照し合せるとき、懲戒理由の無断持出しが、必ずしも真実に合致し、被控訴人の右主張事実を認めしめるに足る心証を惹くものとはいい難く、他に前認定を覆し、源司の右搬出が被控訴会社の禁止に違背または会社に無断でなされたことを確認するに足る証拠がない。かりに右の如く禁止に違背または無断でなされたものであるとしても、前認定の如く、源司は被控訴会社の運搬工として専ら荷馬車による運搬に従事するものであつて、その運搬区域も会社工場の内外にわたつていたものであるし(この運搬区域の点は甲第二号証によつて明白である。)、事故発生の荷馬車は会社の所有保管にかかり、積載していた貨物は会社所有の廃砂であり、運搬の目的は会社社宅の一般便益に供するためであつて、しかも源司の勤務時間中の事故であるから、これらの外形的事実よりして、右荷馬車による運搬は、民法第七一五条の適用上、被控訴会社の事業執行の範囲に属し、被控訴会社は、右事故につき使用者としての責任を免れないものと解するを相当とする。

さらに被控訴人は、源司の選任及び事業の監督について相当の注意をしていたから責任がない旨主張し、この点につき当審証人内川静雄は、被控訴会社では、月一回安全委員会を開いて交通事故の防止をはかつていた旨証言し、また原審証人小守宗一は、被控訴会社では、平素から運搬工に対し安全教育をしていたと証言しているが、右証言のみでは、いまだ選任及び事業の監督について相当の注意をしたものとはいい難く、他にこれを認めるに足る的確な証拠がない。また本件廃砂の搬出につき被控訴人主張の如き禁示がなかつたことは、前段認定のとおりであるし、かりに禁止があつたとしても、右は源司の運搬業務に対する監督方法としてなされたものといい難いことは、被控訴人の主張その他弁論の全趣旨から窺はれるところであるから、被控訴人の右抗弁は採用し難い。

ところで、控訴人両名は、被害者清子の実父母であり、親権者であるとともに扶養義務者であつて、本件事故のため、控訴人艶において清子の医療費、葬儀費用の出費を余儀なくされたことは、控訴人宮川艶本人の供述に照して明らかなところであるから、控訴人艶は右出費額が相当な限り、本件事故に因る損害として、被控訴人にこれが賠償を求めうるものというべく、また、控訴人両名が実子たる清子の死亡によつて精神的苦痛を受けたことは、もとより当然なことであるから、実父母たる資格に基いて、被控訴人に対しこれが慰藉料の支払を求めうることは、民法第七一一条によつて明らかなところである。

よつて、右損害ならびに慰藉料の額について審按する。

原審証人梅谷武雄の証言、控訴人宮川艶本人の供述、右証言によつて成立を認めうる甲第七ないし第一九号証によると、控訴人艶は清子の受傷、死亡のため、青木医師に対する医療費千三十八円の外葬儀費用に三万七千七百八十円以上合計金三万八千八百十八円の支払の支出を余儀なくされたことが認められ、右は本件事故により通常生ずべき損害であるというを妨げないから、被控訴人においてこれが賠償をなすべき責あるはもちろんである。

つぎに、控訴人宮川艶本人の供述によると、控訴人方には、清子の外その姉二人弟二人の子があり、控訴人艶は、昭和十六年来被控訴会社に勤務し、当時月収一万八千円を支給されていた工員であつて、他に資産収入のないこと、被控訴会社は、右事故に際し、会社の慶弔規定による普通の弔慰料金千円と供花、供物各一個を贈つただけで、特別な慰藉の方法を講ぜず、一方控訴人実枝は愛児の無惨な死亡のため異常な打撃を受け、いまなお精神の平静を失つていて、家事にも事欠く始末であることが認められ、右の事実に前認定の事故発生の経過その他本件に現はれた諸般の事情を綜合するとき、控訴人両名に対し、被控訴人の支払うべき慰藉料は、各金十五万円を以て相当と認める。

そうであれば、控訴人等の本訴請求は、被控訴人に対し、控訴人艶において財産上の損害として三万八千七百二十八円及び慰藉料として右認定の金十五万円以上合計金十八万八千七百二十八円、控訴人実枝において慰藉料として右認定の金十五万円、及び右各金員に対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和二十九年七月七日以降各完済に至るまで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべく、これと異つた原判決は変更を免れない。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条第九二条及び第八九条仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉村正道 金田宇佐夫 鈴木敏夫)

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